女川町誌 続編
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唐キビを十銭買ふと七本ある。それを皆で喰ひながら私も裸になって歩きまはる。子供等と一緒に海の流木を拾ひ集める。虎丸の一日興行の旗を見ながら、たそがれバスで女川に帰る。 (「時事新報」昭和六年十月十日付夕刊掲載「三陸廻り」より) 六 女川の一夜 小さな港町の夜の外貎をただ一旅人の眼で見たままに記述して置かうと思ふ。 古さびた女川の町が夜になると急に立ち上る。ただ海から来た人々への夜の饗宴の為にのみあるかと思ふ程、此の小さな町が一斉に一個の盛り場となる。女川ホテルで下の食堂と称する五六坪の室が小唄のレコオドを暗やみの四隣に轟し始める頃、海の沃度ようどの匂を身に纒った逞たくましい漁夫等は列を成して狭い一本しかない町の往来に押し寄せる。製氷会社の倉庫を作りなほしたといふ天井の低いシネマ小屋に人がたかる。往来からも半分は見える。「一剣云々うんぬん」といふ剣劇が盛に雨を降らしてゐる。十銭の板敷が満員に近い。往来の左右には、あの船尾に戯れる愛くるしい海豚いるかのやうな多くの女性があちらこちらに固まってゐて、子供が子供を誘ふやうに声をかける。水色ののれんを下げた半弓場が人気を呼ぶ。 楊弓よりも稍やや大きいへなへな・・・・の弓。矢が十本で五銭。酔った漁夫が肩肌ぬぎで競争する。「どんなもんや。」「よう中あたった、羽目になあ。」「二三本負けたれ。」此店におとなしい少女が居てぽんぽん中てる。往来をつき当ると堀割のへりに出る。大道将棋に黒山の人だ。東京弁のテキ屋さんは群がる荒くれ男を物の数でもなくあしらふ。東京でやってゐるのと同じ趣向だが東京よりも手を出す人が多い。その向うの空家の前に戸板を並べた十銭均一の小間物屋がある。此男が何処どこから見ても立派な日本人だのに民国人になってゐる。「ほんまにやすい。あんた買ふ、よろしい。」 533
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