女川町誌 続編
494/596

である。本遺跡は門前ガード脇遺跡と接しており、この一部と考えてよい。 〔時期・型式名〕縄文時代 〔人工遺物〕石器―独鈷石、スクレーパー 〔保管〕照源寺 11 尾田峰貝塚(おだみね) 〔別称〕浦宿貝塚 〔所在地〕女川町浦宿浜字尾田峰 〔概要〕万石浦の北東の浦宿浜の入り口部の北岸に位置する。JR石巻線の浦宿駅の北側にあたる。標高三~五㍍の埋没谷の東斜面から低地にかけて立地し、東西九〇㍍×南北一五〇㍍の広がりをもつ。遺跡は三方を山に囲まれ南方に万石浦を望むことができる。 故三宅みやけ玄げん雄ゆう氏によって昭和二十六年(一九五一)に発見され、翌年の調査により縄文時代後期から晩期にかけての大規模な貝塚であり、出土する土器も完成度の高い美麗なものが多く、外洋性の漁具類(燕形離頭つばめがたりとう銛頭もりがしらなど)も注目されるようになった。 昭和三十四年(一九五九)、東北大学教育学部で発掘調査し、住居跡や多数の縄文時代後期・晩期の遺物が検出 462

元のページ  ../index.html#494

このブックを見る