女川町誌 続編
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第二節 寺 院(『女川町誌』に続けて) ❍板橋山 照源寺 昭和三十八年 本堂・山門・庫裡の屋根葺替え (注)それまでのカヤ葺きから瓦葺きになる。 昭和四十一年 第二十九世大忍玄雄大和尚入寂 (注)玄雄師は考古学に通じ、尾田峰貝塚発掘の道を開いた。 昭和四十二年 本堂大間天井絵一一七枚完成、取付け完了 県道から火葬場に至る道路、駐車場整備 昭和四十三年 護持会結成 昭和四十四年 本堂・庫裡玄関改装 昭和五 十 年 接賓寮造築 昭和五十二年 納骨堂改築 昭和五十四年 首座寮落成 昭和五十八年 境内拡張・照竜殿(龍頭観音)豊川閣落成 昭和五十九年 魚類塚建立 昭和六十二年 『照源寺史』(写真集)発刊、庫裡改築決定 昭和六十三年 照源寺仏教青年会結成 (注)現住職三宅太玄師は文化財保護の見地から、『照源寺叢書』 を発刊(昭和五十八年、「萬ふしきの事扣覚帳」、同六十年、「元 禄風土記」)、また六十一年からはテレフォン法話を開始、六十 年以来、毎年、酒井大岳師を招き三陸辻説法を行っている。 ❍ト嶺山 渓秀院 昭和四十八年 本堂新築 昭和四十九年 観音堂落成 昭和五 十 年 第一次墓地整理 昭和五十四年 第十九世龍海和尚入寂 (注)龍海師は長く保護司、民生委員を務め、本町の民生・福 祉の充実に尽くされた。師はまた、養蜂家として知られ、 蜜蜂による療法に長じ、遠く東北地方以外の各地からま 426

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