女川町誌 続編
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行した。その中の一冊に『あべくらさんの動物病院』がある。著者は講談社第四回新人賞を受賞した児童文学作家竹野栄で、全国学校図書館協議会、日本図書館協会の選定図書に指定された。その主人公「あべくらさん」が故阿部倉蔵(南区)である。 親しい人々の間では単に「くらさん」で通っていた阿部は、本町で潜水業を営むかたわら宮城県鳥獣保護員に委嘱され、やがて県の委託を受けて鳥獣保護保養所を開設し、献身的な奉仕を三〇年近くも続けてきた。ほとんど獣医さんだけという鳥獣保護保養所長の中で、阿部は異色の存在であり、県内では早くからマスコミにその名を知られていた。 シベリア方面から渡ってくる途中羽を傷めた白鳥、弱り果てて漁船に迷い込んだシロフクロウなどが保養所に運び込まれるたびに、「くらさん」の温顔がテレビに映し出されたものである。 阿部が鳥獣保護に関心を持つきっかけは、三〇代の働き盛りに三年ほど乗り組んだカニ工船の船上での出来事であったという。カニ工船といえば、小林多喜二の「蟹工船」を思い浮かべる人もあろうが、戦後北洋でのカニ漁が再開された時にはカニ工船も近代化され、多喜二の描いた昭和初期の陰惨さは痕跡さえ残っていなかった。 四月から九月まで行われるカニ漁が始まって間もなく、カニ工船上に小鳥の大群を見る日が続く。日本で冬を過ごし北へ帰る渡り鳥の群れで、ベニヒワ・アトリなどが主であったが、時にはノゴマやウソといった予想もしない小鳥の渡りを見ることもあった。「くらさん」の仕事は、カニ漁で一番大切な用具である網が水中でもつれたり、スクリューにからまったりしたときに、潜水してなおすことである。手が空いていれば他の仕事も手伝うのだが、それでもほかの乗組員よりは暇があった。そんなわけで「くらさん」の目は、いつからともなく小鳥の群れに向けられるように 415

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