女川町誌
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は彼を岩壁に打ちつけた。必死に木の根につかまつたが、引き潮の荒々しさはメリメリと木の根が切れて彼をまた海に運んでしまつた。二度目に打ちつけられた時はつかまる岩に手がかりがなかつた。三度目にはもう疲れつくして、今度岸につかまらなかつたらもう死ぬぞと観念した。 しかし幸ひに三度目の時は、しつかりと岩につかまることが出来た。胸や手足の擦り傷がひどいものだつた、鮮血淋離として江の島の民家に辿りついた。部落は大騒ぎとなつた。C青年はむろん休養すべきであつたが無理にガン張つて同行して来たのであつた。 江の島は伊豆の大島の風俗のやうに、女は物を運ぶのに頭に載せる。水桶はもとより、土を運ぶのにも蜜柑箱大のものに土を盛つて運んでいた。各戸に井戸はなく部落の中どころに途方もなく深い大きい井戸があつた。 小舟に山盛りにして栗イガの黒いやうな雲丹が数百も生動していたのは珍らしかつた。海苔もなかなか風味のあるよいものであつた。 夢の江の島唄から明けて 深い大井戸袖ぬらす 潮の香に咲く江の島椿 島の娘も咲いて待つ 金華山から足島かけて 花崗石打つ女男波 は私は其の時に全二十二章作つた女川音頭の中のものである。 無人島の足島で作つた私の即興の短詩 いのちあり 光あり 海に 岩に 鷗に 緑の草木に 吾も亦永遠を想う というのを足島の「波聞き岩」―高さ二間半、幅三間の花崗石、それはその石に耳を当てると、その石の遠く遙かに波の音がきこえる感じの石―それに観光協会長のA氏が私の短詩を刻みたいと言つて来た。そして数ヶ月後に其の石に詩を刻んだ写真を送つて来た。 863 波 聴 岩 と 詞

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