女川町誌
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足島を掩うている土は三割は鳥の糞だという。終戦直後の肥料の不足の時、県内の各地から順番に十数人宛来て、この島の土を俵につめて持ち帰ることとし、一軒の宿舎が建てられていた。今はその必要もないので取りこわしてしまつた。或る夏のことB村の青年団員十数人が来ていた時、折り悪くし暴風雨があり、食糧はもともと、二泊分位しか持つて来ないのに、波が高く帰るにも帰れず、忽ち食糧に窮してしまつた。それに暴風雨のために舟が傷んで女川港までに帰るに心元ないことになつた。もともと無人島だから他の舟の立寄る用事もない。「どうしやう!」頭をあつめて考えても名案はない。その日の米はもう寄せても二合ほど残つているだけだつた。「僕が江の島に連絡に行く」とC青年が言つた。江の島は二キロほどの隣り島で、戸数百五十戸ほどの大きい島である。足島もこの江の島群島の一つで、他に三つほどの小さい島があるが、みな無人島で叢林がないためか、鷗は大部分足島にだけ集つているのである。海が穏かな時は泳いでゆけるかも知れないが、連中の誰もこの間を泳いで見たこともない不案内の海だ。しかも、この怒濤の中を江の島まで泳ぐのは、それこそ命がけの冒険だ。「そりや、無謀だよ、そんなことが出来るもんか」と皆が口を揃えて反対した。「しかし、このまゝでは、みんなが餓死するほかないぜ、米は無くなるし、人が来るあてもないし、それに舟も駄目だし…。」考への行き着くところは結局、青息吐息であつた。「已れが行つて来る。運は天に任せる。」とC青年は悲壮に言ひ放つた。翌朝二合の米が粥にたかれた。そしてそれがC青年に供され、元気づけられた。波は相変らず荒いが日は晴れやかにのぼつた。「でわ賴むぞ」岸にみんなが並んで見送つた。C青年は凛々しく鉢巻して、パンツ一つで怒濤に飛び込んだ。鮮やかに抜き手を切つて進んだ。片唾を飲んで皆が見守つていると、忽ち大波が来てその姿を隠した。「あッ」と思ふ間にまた頭が現れ、するとまた怒濤が来て押し倒し、遂にその姿が見えなくなつた。「もう駄目だ、惜しい奴を死なした、やるんぢやなかつた」岸に立つてる男達は男泣きに泣いた。何ともやり切れない気持であつた。何時間か経つた時、海の方で異様に叫ぶものがあつた、出て見ると三雙の舟が近づいて来た。怒濤の中を相警戒しながらやつて来たのだ、しかも、その近づくまゝに顔がはつきりすると、先頭に立つているのはC青年ではないか。「あッ、Cだよ、Cだよ、Cだよ」皆は狂喜した。三隻の舟は足島に着き食糧も酒も用意されていた。繃帯だらけのCの語るところに依ると、Cは江の島に近づいた時、怒濤862

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