女川町誌
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四 子 の 崎 灯 台 女川港出入船舶及び附近航行船舶の最も恐れるものは、南名計礁(大名計礁)である。よつて本町は昭和二十二年以来海上保安庁及び経済安定本部に対して請願したが、当時は破損灯台の修復を主として、新規建設は外国航路等に重要な僅少の灯台以外は全く省みられなかつたのである。偶々第二管区海上保安本部(塩釜)の地図により、曾て寺間部落に航路標識のあつたしるしが印刷されていることを知つた。これは元町議植木新作氏等寺間区民が漁業者の為めに大正年間に木柱を立て、五百ワットの電灯を点火したもので、当局は大正十五年八月二十日一種の航路標識灯柱として地図に登載したものである。よつてこの元航路標識灯柱の復旧という理由を以つて請願したところ認められることゝなつたのであるが、折しも日本水産捕鯨事業場が鮎川より女川港に移転し、昭和廿五年六月より事業を開始し、この灯台に対し特に霧信号附設を要望し、金四十三万円の寄附をしたので、女川より高圧線を引き霧信号をも合せて昭和二十六年一月落成したのである。その性能規模等は次の通りである。燭光一、四〇〇燭光光達距離一四浬光紅色四秒一閃光自動管制装置霧信号正副二基モーターサイレン音遠距離四キロ三、早崎灯台女川港にとつて、南名計礁が最大の恐るべきものであるから、最も早くこの礁に灯台建設せられるよう請願したの243

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