女川町誌
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笹森利八郎佐藤亀八郎伊藤彪中村悌一郎大正十一年十二月八日二、気仙沼漁港との対立こうなつては気仙沼も女川も共に黙していることが出来なくなつたのが当然である。先ず同年十二月十日女川村会議長は農商務大臣並に知事に対して漁港指定の請願書を提出した。次いで同十二月十一日石巻町会議長武山一郎氏がより矢継早に、農商務大臣並に知事に対し女川港漁港設置に関する意見書が提出された。同月十四日には牡鹿郡会議長菊地明夫氏より郡会の議決を経て、農商務大臣並に知事力石雄一郎氏に対し、女川港を国費補助指定港とせられたき意見書が重ねて提出された。一方この目的貫徹のため、同月牡鹿郡会議員一同を以て、女川漁港期成同盟会を組織し、大いに気勢を挙げた。当時の新聞は是等の経緯を次のように書いている。大正十一年十二月十二日の報知新聞記事内相に請願した国費補助の漁港女川・気仙沼の優勢補助の如何で死活の分岐既報本県会に内務大臣宛国庫補助漁港指定意見書が提出されたが、其内容を聞くに本県仙北漁港の全く死活問題である。国庫補助の可能性を有するは独り女川・気仙沼には限らない185

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