女川町誌
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何れも百戸に満たない漁村である。各部落は海に臨み、御殿山を背景とし、僅少の耕地があるだけで、部落民の大半は海に依存している。以上の様に三部落戸口の九七%以上が水産業によつて生計を営んでいる。しかし単一産業だけでは生活の維持が困難であるので、各戸毎に数種の仕事を兼ね行つている。即ちカキ養殖は七二戸、漁船乗組は七〇戸、定置網は一六戸、小漁は二戸となつている。次に北洋南洋の出漁船は七隻で、本町各浜中では多い方で、また地方的雇用の面も多く、その盛否は勢い地方民の生活面に影響する所が大である。定置網は数年この方不漁続きなので、現在は養殖を以て生活を維持している状態である。交通は雄勝街道による陸上交通の便は数年後は面目を一新するが、現在は巡航船による海上の交通運輸が至便であ桐ヶ崎、竹ノ浦及び尾浦住民の生業(昭和二七年度調)73

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