女川町誌
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三、チリ地震津波の女川記録女川町津波被害の概要(昭和三五、六)一、津波襲来当時の状況昭和三十五年五月二十四日午前三時五十分頃、女川町常備消防団の望楼勤務者大槻喜蔵氏が、勤務見張中湾内は異常な干潮で、両魚市場から金華山一の鳥居、越木根にかけて海底が見えるほどであつたので、これは津波襲来の前ぶれ現象と判断し、木村通信員にこの異常を連絡した。通信勤務者は間髪を入れず、これを仮眠中の高橋当直班長及び班員に報告したのである。午前三時五十五分、班長・班員等が海岸に出て見ると、路上まで潮が押し寄せて来た。間もなく海水が岸壁から滝のように落下した。「津波だ」と直感したが、地震も感じなかつたので不思議に思った。その間通信勤務者は警察署に津波か高潮等の警報が発令されているか否や、且つ気象台等に問合せ方を依頼した。午前四時〇分、何波目かの波が襲うて来た。当直班員は常備部長と消防副団長とに連絡して消防自動車の待避準備をした。午前四時十分、高橋常備部長は当直班長の判断と指令のもとに、二台の弘報車が町民に避難すべき旨を周知し、一方警鐘を乱打して、警察と共に避難者を誘導した。また消防団員を非常呼集して救援と警戒に当らしめたのである。996 996

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